京都地方裁判所 昭和27年(行)1号 判決 1952年5月04日
原告 高木耿
右代理人 中村三之助
被告 京都市監査委員 平野勇太郎
岩井盛次
右代理人 納富義光
主文
原告の訴を却下する。
訴訟費用は原告の負担とする。
事実
原告訴訟代理人は「被告等は別紙記載事項を原告に通知し且つこれを公表するとともに京都市議会及び京都市長に報告せよ。訴訟費用は被告等の負担とする」との判決を求め、
その請求原因として、
(一) 原告は京都市の住民で京都市の議会の議員及び長の選挙権を有するものであるが、同様な選挙権を有する者の総数の五十分の一以上の者の連署を以てその代表者となり昭和二十六年八月三日京都市監査委員である被告等に対し別紙記載事項について監査の請求をした。
(二) 従つて被告等は地方自治法第七十五条第三項により右請求に係る事項につき監査し、その結果を請求代表者である原告に通知し且つこれを公表するとともに京都市議会及び京都市長等に報告しなければならない(以下通知、公表、報告と略記する)ものであり、原告はこれを求める権利を有するのである。
(三) 然るところ同年十一月二十四日に至り被告等から京都市監査事務局長平井久夫を通じて原告に対し市費支出先の住所までも通知公表報告することは非常に手数がかかるから住所だけは省略することを了解されたいとの申込があつた。然し本件監査の請求は別紙記載の市費の支出金額、用途及びその支出先を明確にすることに眼目があつたので、原告はその旨告げて右申入を拒絶し、被告等が法律の命ずるところに従つて請求に係る事項について監査の結果を通知、公表、報告することを期待していた。
(四) ところが翌二十七年二月八日被告等は監査の結果なりとして通知、公表、報告をしたが、それは請求に係る事項について監査したけれども違法な点がなかつたということにすぎなかつた。
(五) 然しながら、監査なる語は監督的の意味の外調査の意味をも含むものであるから一定の事項についての監査の請求において、その請求が、監査委員の当不当、正不正の判断のみを求めるものであるときはそれに対する当不当、正不正の判断が監査の結果であり、従つてこれを通知、公表、報告すれば足るけれども、そうでない限りは請求に係る事項について監査しその得た事実そのものが監査の結果であり、従つてこれを通知、公表、報告すべきものであつて、その場合請求に係る事項について不当乃至違法があるかどうかの監査委員の主観的判断のみでは監査の結果ということができないのである。
即ち、民主主義を根本基調とする新しい憲法の下においては、行政をいわゆる硝子張りのものとし特に住民に対し自ら納めた税金がどのように使われているかを知りうる方法と機会が権利として保障されなければならない。地方自治法が住民に事務監査の請求権を与えたのはそのためである。而してその権利の行使があつた場合、監査委員は先づ請求の要旨を公表した上請求に係る事項につき監査しその結果を通知、公表、報告する義務があるとしたのであるが、これは住民等に監査の結果を知らしめ以て場合によつては住民自らがその事務執行の責任者の解職を請求するとか地方自治法第二百四十三条の二の請求をなす等の手段にでるかどうかを選ばしめ、併せて普通地方公共団体の議会及び長等において適当の措置を講ぜしめるがためにほかならないそうであるから請求に係る事項が一定の事務の執行についての監査委員の判断のみを求めるものでない限り、監査により得た事実そのもの、換言すれば一定の事務の執行の全状況即ち事務の執行が適法に行われているかどうか、又は当を得ているかどうかを判断する資料となるすべての事実そのものが監査の結果であるといわねばならぬ。従つてこれを通知、公表、報告しなければならない。このようにして住民等は事実を知ることによつて始めてその事実に対し夫々判断を加えることができ、前記の措置に出ることも可能となるのであつて、住民等が自ら判断することができるように事実を提供して知らしめる点に監査請求制度存在の理由が存在するのである。
(六) これを本件について言えば、本件監査の請求は別紙記載事項についてなされたものであり、それに対する監査委員の主観的判断のみを求めたものでないから、被告等監査委員は右請求に係る事項を監査しそれによつて得た事実たる予算執行の全状況そのものを監査の結果として、通知、公表、報告すべきものである。然るに前記のように被告等監査委員は監査の結果なりとして単に請求に係る事項について監査したが違法な点がなかつたというのみを通知、公表、報告しているがこれが法の定める監査の結果の通知、公表、報告といいえないこと明である。従つて被告等は未だ監査の結果の通知、公表、報告をなしていないことに帰着する。
(七) 以上のような次第であるから、原告は行政事件訴訟特例法第一条に基き、京都市監査委員である被告等に対し監査の結果として請求に係る事項につき監査により得た事実そのものの通知、公表、報告を命ずる旨の給付判決を求めるため本訴に及ぶ。
と述べ、
被告等訴訟代理人は答弁として、原告主張の(一)、(三)、(四)の事実はこれを認める。然しながら、
(一) 本訴は行政機関である被告等に対し特定の作為を命ずることを求める訴であるが、裁判の本質は判断作用であり、日本国憲法の下において裁判所が行政事件訴訟につき審判権をもつことになつたということは行政行為の適否について判断権をもつに至つたことを意味するに止まるものであるから、地方自治法第百四十六条並びに第二百四十三条の二のように特別の定のある場合は格別、そうでない限り裁判所が行政庁に作為不作為を命じ又は行政庁に代つてその権限を行使するに等しい裁判をすることは裁判権の限界を超越するもので三権分立の原則に反し許されないものである。かつて行政裁判所は右のような権限を有して居たけれどもそれは行政裁判所が一種の行政機関として行政庁に対し監督的地位にあつたからである。而して監査委員に対し原告主張のような作為を求めるために出訴することを認める特別の規定はないから、本訴につき裁判所は裁判権を有しない。仍て原告の請求は却下せらるべきである。仮に然らずとするも、
(二) 行政上監査とは、行政官庁、普通地方公共団体、営造物等の事務及会計等に関し、調査を為し、且監督する作用を指すものであつて、当然一定の事実に対する当不当、正不正の判断作用を含むものである。而して監査委員は行政上の監督機関であつて、普通地方公共団体の経営に係る事業の管理及普通地方公共団体の出納その他の事務の執行を監査する職責を有するものであり、地方自治法第七十五条の監査の結果とは監査委員の当不当、正不正の判断そのものを意味するものと解すべきであつて、原告主張のように監査により得た事実そのものを意味するものではない。若し原告主張のようであるとすれば監査委員は行政監督機関たるの実を失い、単なる資料提供の機関となる。尤も監査委員は、当不当、正不正の判断の外にかかる判断の正当性を裏づける事実をできる限り詳細に、通知、公表、報告することは民主主義的立場からすれば望ましいことであり、又法律もこれを禁ずるものでないこと勿論ではあるけれども、これは全く監査委員の任意であつて、法律が監査の結果として要求するところではない。従つて被告等は已に法律の要求する監査の結果につき、通知、公表、報告を了して居る。仍て原告の請求は棄却せらるべきであると述べた。
理由
原告の本訴請求は要するに、原告は地方自治法第七十五条の定めるところに基いて請求代表者となり、適法に被告等京都市監査委員に対し一定の事項について監査の請求をしたが、被告等は已に監査を了したのに未だにその結果の通知、公表、報告をなさないから、監査の結果の通知、公表、報告を命ずる裁判を求めるというのである。
思うに、裁判所は日本国憲法に特別の定のある場合を除いて一切の法律上の争訟を裁判する権限を有することは裁判所法第三条の明定するところであつて、行政事件訴訟についても審判権をもつのであるけれども、行政権の行使は一般に行政機関に委された事項であつて、行政機関に対し行政上の一般的監督権を有しない裁判所は法律に特別の規定のない限りただ行政権の行使された具体的な結果について法適用の判断をなしその適法違法或はその公法上の権利関係を確定する権限を有するにすぎないのである。
即ち、裁判所が行政庁に作為或は不作為を命じ又は行政庁に代つてその権限を行使するに等しい効果を生ずる裁判をなすことは、司法権の限界を超えるものとして、特に法律に明文の存しない限り許されないところである。従つてそのような特別の規定のない本件の場合において被告等に対し監査の結果の通知、公表、報告をなすべきことを命ずる旨の給付判決を求むる本訴はその余の点を検討するまでもなく不適法な訴というべきである。
そうであるから原告の訴を却下することとし訴訟費用の負担については民事訴訟法第八十九条を適用して主文の通り判決する。
(裁判長裁判官 山口友吉 裁判官 山田常雄 吉井参也)
<以下省略>